会員ブログ・今月の【OTO】(kiko)

2021年3月7日


今月の【OTO】
[kin]


しきも 見方変えれば しからざる
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ことからブログにお越しのみなさま。
こんにちは、kiko です。


今年の【OTO】 [kin]
先月の投稿から一か月の間に私が強く感じた[kin]は、でした。


このひと月、「平等」「差別」といった単語をよく耳にしました。
そういったものの本質とはかけ離れたところでの騒動が続いているように感じ、
正直なところ、少々うんざりしています。

真の「しい」とは何でしょう?
与えられるもの、それ自体に意識を向けるか、
それともその結果を重要視するのか、
見方次第でどちらにでも転びます。

しい権利を望むなら
しい義務も負わねばなりません。

権利のみを見て声を上げるなら、
己がそれだけの義務を果たしているのか、
また逆に優遇されてはいないか、
も同時に考えるべきだし、
そのうえで「やはりおかしい」としても
相手が倒れるまでボコボコに叩きのめし、
倒れてもなお、責め続けるような真似はいかがなものでしょう。
それよりも私はやわらかい心と声で対峙することを選びたいと思います。

「差別だ」と大きく振り上げた拳と同じ手で
「これバレンタインのチョコ」と渡すのはなぜですか?
ホワイトデーの倍返し期待ですか?
中には「女子ばっかり不公平」と思っている人もいるはずなのに、
同調圧力で声を上げられない環境を作っていることは、
気にもせず受け入れるのですか?

「差別だ」と激しく抗議するのと同じ口で
「男のくせに泣くな」「同じような老人連れてきて」
これは差別とは言わないのでしょうか?

そんな風に、言動がダブルスタンダードになっていませんか?

あなたの天秤は、何と何で釣り合うのでしょうか?

自分の「しい」を絶対的なものと考えて
大きな落とし穴に落ちないようにしたいものです。


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今回は、グリーンの紙に描きました。
グリーンのキーワードは「バランス」。
」を表現するのに、とてもわかりやすい色だと思ったからです。
そしてこんなキーワードも。「嫉妬」。
「そのポジションが私のものだったら」「私だったらもっとうまくやれる」からの「嫉妬」。
差別の裏には恐れや不安があるとも言います。
しかし、それはする側。
される側の心の内には、ひょっとするとこんな「嫉妬」から生じる怒りがあるのでは…。
この文章を書いていて、そんなことがふと思い浮かびました。
kiko